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京都地方裁判所 昭和31年(ワ)243号 判決

原告 佐藤大吉

被告 伊藤嘉一 外一名

主文

被告伊藤嘉一は原告に対し別紙第一、第二目録記載の物件につき京都地方法務局受附昭和二十八年五月七日第九三五七号停止条件附所有権移転請求権保全仮登記にもとずき所有権移転登記手続をせよ。

被告岩崎常治郎は原告に対し別紙第一、第二目録記載の物件につき京都地方法務局受附昭和三十年六月三日第一三九〇二号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。

被告伊藤嘉一は原告に対し別紙第二目録記載の建物を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、原告は訴外掛川庄五郎より同人が被告伊藤嘉一に対して昭和二十四年三月三十一日弁済期同年九月末日の約旨で貸付けた金十万円の貸金債権を譲受け昭和二十六年九月六日内容証明郵便を以て右掛川よりその通知をした。原告は更に昭和二十七年十一月八日右被告に対し金六万円を貸付けたがその際両者間で右二口の貸金を合計して十六万円の一口とし弁済期を昭和二十七年十二月二十五日と定め右弁済期に皆済しない場合には原告の意思表示により被告所有にかゝる別紙第一、第二目録記載の物件の所有権は代物弁済として原告に移転する旨約定した。しかるに被告伊藤嘉一は右弁済期を過ぎても支払をしなかつたので原告は右代物弁済契約にもとづき主文第一項記載の仮登記をなした上再三同被告に対し右支払方を請求したが同被告は依然何等の支払をしなかつたので遂に原告は右被告に対し前記代物弁済契約にもとづく権利を実行する旨意思表示し之により別紙第一、第二目録記載の物件の所有権は原告に移転し、以後同被告は第二目録記載の建物を占有する権原を失つた。よつて原告は被告伊藤嘉一に対し前記仮登記の本登記たる所有権移転登記手続及び右建物の明渡を求める。

次に被告岩崎常治郎は昭和三十年六月三日別紙第一、第二目録記載の物件につき主文第二項記載の如き所有権移転請求権保全の仮登記をした。しかし原告は前記の如く既に右物件の所有権を取得し、しかもそれ以前の昭和二十八年五月七日原告を取得者とする所有権移転請求権保全の仮登記をしていたのであるから右所有権の取得を以て右仮登記より後順位にある被告岩崎常治郎に対抗しうるものである。よつて原告は同被告に対し主文第二項記載の仮登記の抹消登記手続を求めるものであると述べ、立証として甲第一ないし第六号証(うち第三号証は一ないし三)を提出し原告本人の尋問を求め、被告援用にかゝる甲第七号証の一、二は原告及び被告伊藤嘉一間の和解条項書作成の為の和解条項草案であつたが右は簡易裁判所で受理されなかつた為廃棄されたものであると述べた。

被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として別紙第一、第二目録記載の物件は被告伊藤嘉一の所有であり、而して右物件に付登記簿上原告主張の如き登記の登載あること及び被告伊藤嘉一が第二目録記載の建物を占有していることはいずれも相違ないがその余の原告主張事実は争う。尤も被告伊藤嘉一は昭和二十七年ごろ経済的に困窮し原告の同情を得て返済できるようになつた時に返済するとの約で金六万円を借りたことはある。その際原告は妻の手前があり形式的な貸金証書を作成するから実印を貸して欲しい旨申入をして同被告より実印を受取りこれを利用して種々の書類を作成した。しかし真実はいかなる特約も合意されなかつたものである。又原告は別紙第一、第二目録記載の物件につきいまだ所有権移転の本登記をしていない。従つて所有権を取得したとしてもこれを以て被告岩崎常治郎に対抗することはできず原告の同被告に対する請求はこの点からしても失当であると述べ、立証として証人服部豊及び被告伊藤嘉一本人の各尋問を求め甲第一及び第三ないし第六号証(うち第五号証は一ないし三)の成立を認め、甲第三号証は公証人作成部分の成立は認めその余の部分の成立は不知と述べ原告が撤回を申立てた甲第七号証の一、二に付右撤回には異議があり右両証を援用する。但し同証にもとづき和解調書が作成されなかつたことは認めると述べた。

理由

原告主張事実のうち別紙第一、第二目録記載の土地、建物は登記簿上被告伊藤嘉一の所有名義に登載されており同被告が現在第二目録記載の建物を占有していること、右土地、建物につき原告及び被告岩崎常治郎をそれぞれ権利者として主文第一項及び第二項記載の如き所有権移転請求権保全仮登記の為されていることは当事者間に争いない。

そこでまず原告が被告伊藤嘉一に対し弁済期を昭和二十七年十二月二十五日とする合計十六万円の貸金債権を有していたか否か、及び右弁済期に同被告が借受金を皆済しない場合にはその代物弁済として右土地、建物の所有権を原告に移転する旨の約定がなされていたか否かについて判断する。

成立に争ない甲第三号証、公文書と認められるので真正に成立したと推定すべき甲第二号証中の債権譲渡通知書謄本、原告本人及び被告伊藤嘉一(一部)各本人尋問の結果並びに公証人作成部分に付成立に争いなくその余の部分に付ても右原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第二号証中の公正証書をそう合すれば訴外掛川庄五郎は被告伊藤嘉一に対し昭和二十四年三月三十一日弁済期同年九月三十日の約で貸付けた金十万円の貸金債権を同年十月五日原告に譲渡し昭和二十六年九月六日頃同被告に対しその旨通知したこと、原告は昭和二十七年ごろ右被告に新たに金六万円を貸しつけたが、この六万円と前記十万円との二口を合して計十六万円の貸金債権一口とし之に付公正証書を作成することとし、原告と右被告と同道のうえ公証人役場に赴いたこと、そして昭和二十七年十一月八日附公正証言(甲第三号証)を以て右十六万円の貸金に付弁済期を昭和二十七年十二月二十五日とし右弁済期に完済しない場合には残存債務の代物弁済として前記土地、建物の所有権が原告に移転することを取極めたことが明らかであり右認定に反する被告伊藤嘉一の本人尋問に於ける供述部分は当裁判所之を措信せず証人服部豊の証言を以てするも右認定を左右することができない。

被告伊藤嘉一は右公正証書を作成したのは原告がその妻への手前があるからと申入れたことによるのであつて右内容の合意は真実はなされていなかつたと抗争し被告本人尋問に際してその旨供述しているけれども右供述部分も当裁判所の心証をひくに十分でないので右主張は採用しない。

ところで右公正証書によれば同被告は同時に原告に対し右債権を担保するため前記土地、建物に対し抵当権をも設定した旨の記載があるので、右代物弁済に関する取極めはその性質上代物弁済の予約と解すべきところ成立に争いない甲第四号証及び同第五号証の一乃至三並びに弁論の全趣旨によれば同被告は履行期到来後も何等の支払をしなかつたので原告は予て同被告から交付されていた委任状、印鑑証明書等を使用して右合意にもとづき主文第一項記載の仮登記をした上同被告に対し再三支払方を請求したが依然何等の支払もなかつたので原告は遂に同被告に対し右契約にもとづく権利を実行することとし代物弁済として前記物件を取得する旨の意思表示をしたことが明らかであつてこれにより本件物件の所有権は原告に移転したものであり、同被告は原告に対し右仮登記の本登記をなし且つ原告の請求により第二目録記載の建物を明渡す義務がある。

もつとも成立に争いない甲第七号証の一、二(右両証は被告等は当初その一部のみ成立を認めその余の部分の成立を争う旨陳述したのであるがその後原告の本件に関係ないことを理由として撤回する旨の申立に対して異議を述べ之を利益に援用したのであるから、右事実及び弁論の全趣旨に照らし結局右両証の成立は当事者間に争いないものと認める。)によれば原告及び被告伊藤間に於て昭和三十年十月二十五日同被告は原告に対し同月末日限り金五十五万円を支払えば前記仮登記及び抵当権設定の登記を抹消する旨の合意成立したことが認められるが、原告本人の供述及び弁論の全趣旨に照らせば右は被告伊藤が本件家屋に引続き居住しているところからその解決方法として「同被告は前記期日までに金五十五万円を以て本件物件を買戻すことができるが右期間までに之を実行しないときは当然居住家屋を明渡すべきこと」を内容とする所謂起訴前の和解をなすこととしその和解条項草案を作成したものであるところ右和解の申立は管轄庁たる京都簡易裁判所の受理するところとならず且つ右被告はその後も原告に対し何等の支払をしなかつた為右買戻権も消滅に帰したことが窺われるのみならず仮にその頃までに所有権の移転がなかつたとしても弁論の全趣旨によれば原告はおそくとも本件訴状を以て所有権取得の意思表示をしたものと認められるから、いずれにせよ本件物件の所有権は現在すでに原告に移転していると解すべきことにつきかわりなく、右移転の時期如何によつて原告の同被告に対する本訴請求が左右される筋合でないことも更めて説明する要がない。(なお右和解条項によれば被告が本件物件を買戻すためには金五十五万円を支払うことを要する旨規定してあるのでこの点からすれば本件物件は貸付元金十六万円に比し相当高価なものでこれを代物弁済に供することは暴利でないかとの疑いも一応存するが、(なお前記和解の申立が京都簡易裁判所で受理されなかつた事実参照)しかし本件貸金の元の一口十万円が昭和二十四年三月貸付けられたものであることに徴しても右一事を以て直ちに原告の所為を反公序良俗的なものと断定し去ることは聊か早計の感があるのみならず、此の点に付被告両名いづれからしても何等の主張がないので当裁判所は深く此の点に立入つて審査することなく結局右行為は有効なものと判定する。)

次に原告の被告岩崎常治郎に対する仮登記抹消の請求に付考えるに別紙目録記載の土地、建物に付原告を権利者とする前記仮登記がなされた後右被告を権利者として主文第二項掲記の仮登記がなされたことは当事者間争いない。

而して仮登記権利者は本件に於て先に認定した如く本登記原因が成熟した場合同一訴訟手続を以て仮登記義務者に対し本登記手続を求め併せて後順位の登記権利者に対しその登記の抹消登記手続を訴求し得るものと解すべく、このことは仮登記の機能は順位保全にあること及び登記制度の目的が対抗せらるべき権利状態の公示にあることを考えれば蓋し当然の理であつて、本件に於て原告が後順位の登記権利者をも被告としたことは仮登記権利者が本登記手続を訴求する場合に於ける措置として最も法的要請に適合したものともいえるのである。(昭和三年七月二十八日大審院判決及び昭和三十二年六月十八日最高裁判決参照)。

被告岩崎は本登記なき限り対抗力なく従つて訴訟によつても現段階に於ては直ちに同被告に対し抹消登記手続を求めることはできないと主張しこれと同趣旨の学説もあるが当裁判所はかゝる説は登記制度の機能をその作用下にある権利個体の単なる組合せによつて理解しようとするもので制度と権利、義務との有機的連関を無視したものではないかと考える。(一般にかゝる考え方は頗る精巧な説明方法を用いながらも結局単なる循環論法におち入る慮れがあるのみならず、既存の組合せ方法を以てしては構成困難な場合、制度の機能を一部無視するか又は権利、義務を必要以上に強いて分解しこれを在来の方法によつて配置転換せんと試みために権利の機能を不当に毀傷するに至る危険が多分にある。)

なお本件の如く抹消されるべき登記が仮登記である場合仮登記は何等本登記権利者の地位を害するものでないからその抹消を求め得ないという説もあるが、登記制度は権利状態の公示制度であるからその本質上登記簿の記載はできるかぎり整然且つ明瞭なるべきことを要請されており、これとの結び付きに於て権利者は自己の権利関係が登記簿上に反映せられるかぎり理由なくしてその明瞭性を阻害する記載の抹消を請求する権利を有するものと解するのが相当である。しこうして被告岩崎の仮登記はすでにその順位を保全すべき本登記を否定せられ徒らに原告の権利公示の簡明性を阻害するに止まるものといえるから前叙の理により原告に於てその抹消を請求し得るものと解すべきである。

以上の次第で原告の被告両名に対する本訴請求をいずれも正当として認容すべきものとし訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之)

第一目録

京都市東山区大和大路通五条上ル山崎町三百五十三番地

宅地 五十四坪六合八勺

第二目録

京都市東山区大和大路通五条上ル山崎町三百五十三番地

家屋番号 同町八十二番

一、木造瓦葺二階建 居宅

建坪 二十坪五合

外二階坪 十三坪五合

付属

一、木造瓦葺平家建 物置

建坪 二坪五合

一、木造瓦葺平家建

建坪 四坪二合

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